うとうとと夢でも見そうなのどかな春の昼さがり、散策の途次たちよった山寺で住職から明かされたのは、一瞬の出会いののち、不可思議な夢の契りに相結ばれた男女の物語だった。
あくまで明るい春の光の中、夢は夢へと重なりあって、不気味な宿命の物語が展開する。
鏡花随一の傑作との呼びごえ高い連作。
現実界を超え、非在と実在が交錯しあう幻視の空間を現出させる鏡花の文学。
その文章にひそむ魔力は、短篇においてこそ最もあざやかに顕現する。
凝集したきらめきを放つそうした作品群から、定評ある『竜潭譚』『国貞えがく』をはじめ、絶品というべき『二、三羽――十二、三羽』など九篇を選び収める。
一度目をかわしただけで恋におちた学生と少女が、歳月をへだてて、それぞれ外科医師と患者の貴婦人として手術室の中で再会し、愛に殉ずる――鏡花文学の原型をもっともよく示すこの「外科室」をはじめとする初期の代表作集。
他に「義血侠血」(「滝の白糸」の原作)「夜行巡査」「琵琶伝」「化銀杏」「凱旋祭」を収録。
冴えた眼力で自然と人事を観察し、端正な文章で情感こまやかにつづる清澄な心境随筆。
とりわけ、幼少時から親しんだ身近な小動物や草木に注ぐ著者の目はあたたかく、深い共感をこめて彼らに語りかける。
枯淡と洒脱の円熟味ゆたかなエッセイの数々は、どこかなつかしく、またさわやかな読後感を呼ぶ。
「私たちの愛はお前たちを暖め、慰め、励まし、人生の可能性をお前たちの心に味覚させずにはおかないと私は思っている」――妻を失った作者が残された愛児にむかって切々と胸中を吐露した名篇『小さき者へ』。
併収の一篇は画家志望の青年が困窮する家族を見捨てられずに煩悶する姿を共感をこめて描く。
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